2009年02月16日

底にあるもの

以前、ある人に、『闇は深いよ』と、言った事がある。
私の事を、話している時の事。
相手は、ピンと来なかったようだけど、私自身も、理解してもらおうというつもりで発した言葉ではなくて、話の流れというか、なりゆきで吐露したような言葉だった。

誰にでも、『闇』の部分はあるのだと思う。
どういった『闇』かは、人それぞれだろうけど。
私が、この時に言った『闇』は、精神性のものの話。
『心の中の闇』といったところ。

ところで、よく、『深い闇の底まで行くと…』という話になると、『底に着いたら、それ以下は無いから、あとは上がるだけ』とか、『上を見れば、入って来た入口があるのだから、また上がって、そこから這い出せはイイ』とか、はたまた『底に行ったら、暗闇じゃなく光が見えてくるかもしれない』なんて言う人が居る。
かくいう私も、そういう励まし方をする時がある…。
ただ、私の場合、それは私だけなのがもしれないけれど、心の底(『奥』というより、沈んで行く『底』の方が、表現としてしっくり来る)に降り着いた時、そこは、底でも無く、光があるわけでも無くて、『深い闇』があった。
『月の無い夜の、霧深い森』
そんなイメージ。
そこに何か有るのは感じるのに、闇で何も見えない。
いや、見え無いのじゃなくて、見えてるのに見ないようにしてるのかもしれない。
見えた先に有るのは、恐怖か、開放か。
まだ、自分でも解明出来てない。

ただ最近、見えなくても、感じるものの中に、漠然とだけれども、もしかして…と、なる事がある。
なんとなく、受け入れる準備が出来て来たのかな、と思った。
…何を受け入れるのか?
まだ、理解しないように、ストッパーが掛かっているような、もやもや感。
闇の先を見る事は、私にとって、前進する為のものなのか、単なる興味だけで終わるものなのか。
もしかしたら、見なくてもイイものを、見ようとしているのかもしれない。
自分の事なのだけれども。

とにかく、闇は深くて。
光は照らす事は無くて。
だから、『闇は深いよ』としか、まだ、言えない。
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