2009年04月17日

手術と入院話、その3

日にちが空きましたが…続き。

いよいよ手術室へ移動します。
私が居た外科病棟は3階で、手術室は2階だったので、ストレッチャーに横になったまま、業務用のエレベーターで移動。
付き添いは手術室には入れ無いので、両親とは手術室の入口の前で離れました。
手術室の入口を通ると、その中はまたいくつかの部屋になってるらしく(寝てるから、よく見えない)、私が入る手術室の前でストレッチャーが止まり、手術専任の看護士さん(♀美人(´Д`)Vv)と麻酔科の先生が傍まで来て、よろしくねって挨拶されました。
そういえば、午前中に、この看護士さんから手術の説明があったっけな…。
看護士さんから、自分の氏名、手術の内容、麻酔の種類を聞かれ、それを回答しました。
手術の取り違え防止かな?
それから、いざ、手術室へ。
手術台の横にストレッチャーを寄せて付け、体の上にタオルケットを乗せられました。
ほんわり暖かい。
午前中の内に、自分のパジャマから手術用のパジャマに着替えてたのだけど、タオルケットを乗せたままパジャマを脱がせて貰って、自分でもぞもぞと手術台へ移動しました。
天井には、無影灯。
手術室ーって感じ全開。
ここからは、緊張とかもあって、ちょっとうろ覚えなんだけど、看護士さんや麻酔の先生に、これから○〇しまーすとか一つ一つの行動の説明をされながら、酸素マスクを当てられつつ、頭に帽子を被せられ、血圧計を巻かれ、酸素濃度の計測器をつけられ、点滴に麻酔を注入されて、誰かが手術室のドアから入って来て、担当の先生かな〜?って思って…そこで記憶が途切れてます。
次に目が覚めた時には、術後。
変な夢を見てる途中で起こされて、一瞬全ての認識が出来ず…。
急に吐き気が襲って来て…ケロ。
気持ち悪い〜?って誰かが聞いてきて、吐き気止め要るか聞かれて、もうろうとした頭で頷くと、点滴の所から何かが注入される感覚。
直後に、猛烈な吐き気は治まっていきました。
結構、意識はハッキリしてました。
10年くらい前、扁桃腺切除の時は、麻酔の量が多かったとかで、手術室から出る時に起こされたのと、病室のベッドに移動して超気持ち悪いくて座薬さして貰った…以後は次の日の朝まで記憶に無いくらいだったんですがね。
話を戻しますが、
まだ気持ちが悪い中、ストレッチャーに乗せられて移動。
姿は見えないけど、頭の方でストレッチャーを押している、男の人2人の小さな声。
声っていうか、会話。
『疲れた〜、ほんと疲れた〜』
『あんまりしない種類だったし、大変でしたよね』
『疲れた〜』
『そうですよね〜疲れますよね〜』
…ってな感じ。うろ覚えだけど。
ストレッチャーが、どこかでいったん止まって、離れた場所で女の人の声。
病棟に手術が終わった連絡をしてたみたい。
とにかく吐き気がすごくて、中身は出ないけどケロ〜ってしてて、少ししてから、病棟の看護士さん(♂)が来て、両親も来て、ストレッチャーに乗せられたまま病棟へ戻りました。
手術室の扉を出てからエレベーターに乗り、自分の病室に戻って来る…ほんの何分かの間、記憶が怪しい。
両親が、看護士さんに、病室が整うまで談話室で待ってて下さいというのは聞こえたような気がする。
気が付いたら、ストレッチャーに乗ったままで、病室の景色が視界に入って、自分じゃ動けないでいたら、手術室に迎えに来てくれた看護士さんが助っ人を頼んで来たらしく、2〜3人の人がぞろぞろと病室に入ってきました。
そうこうしてる間に、私は横になったままシーツごと病室のベッドに、せーのーでっで移動。
ストレッチャーは運ばれていき、人も去って、看護士さんとは別の看護士さん(♀)が入ってきました。
2人でテキパキと、酸素吸入の管を鼻につけたり、血圧計ったり、酸素濃度の計測器をつけたり、心電図の機械つけたり、熱を計ったり…あれこれイロイロ。
酸素濃度の計測器って、指先に挟むんだけど、これがまた結構な圧迫感。
っていうか、痛い。
酸素吸入の鼻の管もいづいから、いつまで付けてるのか聞いたら、明日の朝までとの事。
ものすごく気になってしかたなくて、どっちも外して欲しかったのだけど、却下。
看護士さんが出入りしまくってる途中で、両親が病室へ入ってきました。
談話室で30分くらい待ってたのに、看護士さん呼びに来てくれないから来たとの事。
…忘れられてたらしい。
この時、館内放送が流れて、面会時間終了のアナウンスが。
時計を見ると、夜の7時になってました。
まだまだ気持ち悪いのが続いてた私ですが、この気持ち悪さは、肩凝りに似てるような気がしてました。
母に、ちょっと肩や背中をマッサージしてもらうと、とたんに楽に。
しばらく後になって来た看護士さんに聞いたら、手術台が硬いし、長時間同じ態勢でいるから、凝っちゃうのかもね〜…っと、あまり取り合ってくれ無い感じ。
吐き気は治まり、でも気持ち悪い感じは消えなくて、枕が取り外されてたので枕をしてもらって、何度か母にマッサージして貰ったあと、8時に両親には帰ってもらいました。
昼の12時半に来て貰って、もう夜の8時になってるし、晩御飯も食べて無いらしかったしね。
両親が帰ったあと、定期的に看護士さんが熱や血圧なんかを計りに出入り。
まだ吐き気がするか聞かれて、するって言ったら、吐き気止め要るか聞かれ、欲しい…って言ったら、さっき注射の方の吐き気止めをしたから、追加は出来ないから、座薬ネって事で、座薬さされました…。
この気持ち悪さは、絶対肩凝りだ!と確信した私は、お願いして背中に湿布してもらいました。
…湿布貼った瞬間、めちゃ気持ち良いかった〜♪
湿布してもらって肩凝りがやわらいだ頃から、気持ち悪さは無くなり、意識は体のあちこちへ。
…とにかく付いてる物、全部外して〜!ってイライラしながら、とりあえず指先に挟まれた酸素濃度計を始終別の指に付け替えてました。
じゃないと、ほんと、挟みっぱなしは痛かったんだもん。
その日の晩は、ほとんど眠れ無かったんだけど、時々は睡魔に襲われました。
麻酔が残ってたのか…疲れてたのもあるかもしれませんね。
目を閉じると、怖いものが見えました。
漠然としたものですが、テレビなんかでも見た事が無い血痕や、気持ちの悪い模様、ぞわぞわと背筋が寒くなるような映像。
わざと明るい想像をして、そういう映像を思い浮かべたりするんですが、すぐに怖い映像に移り変わる。
どうして、こんな映像が見えるんだろうと考えて、…半覚醒な頭で思い浮かんだのは、『細胞が覚えてるんだね』というもの。
私自身は麻酔で意識を失ってるけど、私の細胞は、見てたんだと思う。
細胞の記憶。
本当のところはどうか分からないけど、この怖い映像は、この日の晩しか見ませんでした。
さて、酸素濃度計を定期的に挟みかえしつつ夜明けを待って、長い夜をボンヤリと過ごしていたのですが、看護士さんも定期的に様子を見に来ていました。
熱を計ったり、点滴の様子を見たり、お小水の袋の様子を見たり…。
そして、夜が明けました。


と、今日のところはココまで。
携帯で打ち込んでるから、指が痛い…のと、体力的に、ちょっと。
続きは、また明日ネ♪
posted by はる at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎甲状腺腫瘍記録
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