2015年08月15日

70年


亡くなった方に
恭敬と冥福を。

生きて、時代を見守った方に
推重と感謝を。






本日も来て戴き、ありがとうございました。

2015年03月11日

4年目

*************

過去を
振り返らず、
でも、決して忘れない。

立ち止まらず、
前を向く。

祈る。
そして、歩む。

今を、明日を、
繋ぐ。

*************



来て戴いて、ありがとうございました。

2014年03月23日

今日という日

*************

ありがとう

私を 活かしてくれる 全てに

私が 私の人生を 編める事を

私が 今日という日を 迎えられた事を

ありがとう

*************



来て戴いて、ありがとうございました♪
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2014年03月11日

…ひとりじゃないよ。

*************

月の光

蒼い星の 元に
平等に 降り注ぐ
澄んだ 光

遠く 瞬く
星の 安寧の囁きや
強く燃ゆる
太陽の 焼灼とは 違う
凛とした 浄化

産まれ出ずることも
歩み進むことも
立ち止まることも
逝くことも
穏やかに 受け入れる

すべてを包み込む
すべてを解き放つ

沁み入る 光

魂を 映す

男神ツクヨミのように
女神アルテミスのように
貴く遠いようで
親しく近い

つながりが無いようで
無くては ならない

月の光は
名も知らぬ あなたを
包む 光

*************


来て戴いて、ありがとうございました♪
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2013年08月15日

68年目という日

戦い、争う事は、種の生存競争にも似ている。
食物連鎖の中の それは、
自然界のバランスの均衡と
サイクルの中の
枠外を出ない。

けれど、
人間の起こす、戦い、争いは時として、
すべての生命を巻き込み
有為に、作為的に、無差別に、
自然界の範疇外に及んでまで、
命を奪う。

戦いの場所は、幾多にも渡り、各地で何百万の犠牲を出す。
まとめあわせれば、幾千万。
この数は、単なる数字ではなく、命あるモノの数。

争い、戦いの、勝ち負けの結果ではなく、
大小関係なく失われた命に、
悔い、詫び、感謝し、
深く追善するべきが、
今日という日。

黙して、祈り
そして、多くを語り合うべき 日。



本日も来て戴き、ありがとうございました。
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2013年03月11日

黙祷

忘れないこと。
忘れないことが、その先すべてに繋がって行く。

毎日、世界中の何処かで、災害が起こっている。
唐突かつ、防ぎきれない大自然の脅威に、なす術も無い…。
けれど、教訓は、先へと繋がる。繋げる。

そして、助け合う。
直接、触れ合えなくても。
太いパイプでなくても。
細く、長く。
支え合う気持ちと行動は、どこかで繋がっていくから。

大きな声は出せないけれど。
深く、祈る。





2012年02月28日

ことのは


強いふりを しているけれど
強く ないのです
強がるだけの ふんばりが
まだ ほんの少しだけあるだけ

強さがあるというけれど
それだけの対価を擦り減らし

一歩進む というよりも
現状維持のために
私の中に在る 何か を
削り 絞りだす

目に見える 励ましを
糧にして
活きる
幸せをかみしめる

けれど
私が幸せなのは


自らが赦してはならぬもの
私は 喜びを感じても良い人間ではない

私が存在する事実だけで
必ず誰かを
傷つけているのだから

呵責に 囚われる
私という存在が 私を苛む
けれど
私を 赦し
幸せの享受を 赦し
私という存在が在り続ける事が 赦されるなら

暖かな温もりある光へ
手を 伸ばしたい

強くは ないのです
けれど
強く在りたいと 思うのです

その 励ましを
真っすぐに受け取り
応えたい

応えても良いのだと
許しを 乞いたい


***********************

読んで戴いて、ありがとうございました。
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2011年02月24日

2009年10月23日

メモ整理−掃き出し

暗ネタのみ。
免疫、又は認知出来る方のみ続きを

どうぞ

メモ整理−ネタ

メイフィル・フォートに絡むネタ。
題名は、候補がいくつか。

飛ばして、オッケイヽ(´▽`)/

えーと、

2009年06月24日

【ことばつづり】

詩というか、散文というか、携帯のメモに残してたのを、一挙にUPしました。
暗ネタだったり、未完のもあります。

免疫ある方だけ、続きをどうぞ。

続きはコチラ

2009年03月23日

【生誕と、命日と】

生まれた日と、死んだ日なら、
どちらが、
覚えていてもらえるんだろう。
忘れられないでいてもらえるんだろう。

どちらのほうが
強く
相手の記憶に残るんだろう。

偉人は、よく、
生誕○○年とか
没後○○年とか
本人が、この世に居なくても
生まれてきた事を喜び
死を悼み
偉業を讃えられ
後世に伝えられていく

覚えられているということは
忘れないでいてくれているということは
愛されている証拠
愛されていた証拠

たとえ
偉人で無くとも
身近な人にも
それは当て嵌まるはず

どんなカタチであれ
愛してるからこそ
生まれて来た事を喜び
死を悼む

だから

まず

あなたが存在する事に
喜びを
愛しているという
証を

『お誕生日、おめでとう』
この言葉に乗せて




**********************

今年もまた、誰にも言われなかった。
…ので、今年は自分で言ってみた(苦笑)
お誕生日おめでとう、自分。

言われ無いのって、寂しいとか、思ったりもするけど、
そこまで私に関心が有る人も居ないってコトで。
自分に、この世に未練引きずるような項目が減ってるっていうのが、
いっそ清々しい気持ちが有るのも事実。
寂しいけれど、
身軽になっていく感覚。

ちなみに、両親には、昨日お祝いしてもらいましたよ。
ちらし寿司リクエスト。
とりあえずコレが食べられる内は、まだまだ逝けないっスね(´Д`)ノVv

2009年02月16日

底にあるもの

以前、ある人に、『闇は深いよ』と、言った事がある。
私の事を、話している時の事。
相手は、ピンと来なかったようだけど、私自身も、理解してもらおうというつもりで発した言葉ではなくて、話の流れというか、なりゆきで吐露したような言葉だった。

誰にでも、『闇』の部分はあるのだと思う。
どういった『闇』かは、人それぞれだろうけど。
私が、この時に言った『闇』は、精神性のものの話。
『心の中の闇』といったところ。

ところで、よく、『深い闇の底まで行くと…』という話になると、『底に着いたら、それ以下は無いから、あとは上がるだけ』とか、『上を見れば、入って来た入口があるのだから、また上がって、そこから這い出せはイイ』とか、はたまた『底に行ったら、暗闇じゃなく光が見えてくるかもしれない』なんて言う人が居る。
かくいう私も、そういう励まし方をする時がある…。
ただ、私の場合、それは私だけなのがもしれないけれど、心の底(『奥』というより、沈んで行く『底』の方が、表現としてしっくり来る)に降り着いた時、そこは、底でも無く、光があるわけでも無くて、『深い闇』があった。
『月の無い夜の、霧深い森』
そんなイメージ。
そこに何か有るのは感じるのに、闇で何も見えない。
いや、見え無いのじゃなくて、見えてるのに見ないようにしてるのかもしれない。
見えた先に有るのは、恐怖か、開放か。
まだ、自分でも解明出来てない。

ただ最近、見えなくても、感じるものの中に、漠然とだけれども、もしかして…と、なる事がある。
なんとなく、受け入れる準備が出来て来たのかな、と思った。
…何を受け入れるのか?
まだ、理解しないように、ストッパーが掛かっているような、もやもや感。
闇の先を見る事は、私にとって、前進する為のものなのか、単なる興味だけで終わるものなのか。
もしかしたら、見なくてもイイものを、見ようとしているのかもしれない。
自分の事なのだけれども。

とにかく、闇は深くて。
光は照らす事は無くて。
だから、『闇は深いよ』としか、まだ、言えない。

2008年12月03日

【no-title】

さらさら と
どろどろ と
流れていく

人との 繋がりを 求めて
打ち解けようと 試みたけれど

結局は 上辺だけの
理解
付き合い

気持ちを ぶつけてみても
それは私の独りよがりで
一方通行で
返ってくるはずもなく

こんな気持ちになるなら
出会わなければ良かったと
関わらなければ良かったと
自分の行動を 責める

さらさら と
どろどろ と
流れていく

これ以上の痛みは
負担になるだけだから

さらさら と
どろどろ と
私の中から 流していく

これ以上の哀しみは
流せずに 蓄積するだけだから

感謝の言葉と
離別の挨拶を
あなたへ

2008年11月19日

【ゆるす】

許す
赦す
緩す
聴す

私が 与えられるのなら
全ての 『ゆるし』を
あなたへ

私は ゆるされない者

虚栄
無知
短慮
嫉妬
これらによって
幾多もの 罪を
重ねてきた

それは
幼かった故
では
到底 清す事は出来ない

私が傷を負わせた相手に
悔いや
謝罪を繰り返しても

『ゆるし』を請うことは
出来ない
しない

それは
あまりにも
おこがましい

贖えるものでは無い

だから

もし
あなたが
私に
罪なる行いをしていなくても

あなたに
私が
『ゆるし』を与えられるのなら

私の限りを尽くして
『ゆるし』を
与えよう

私が
ゆるされないが故に
私が
ゆるしを得られないが故に

あなたへの
全ての
『ゆるし』を

『開放』を
願う

2008年11月17日

【祈り】

今のままで
『あなたらしく』

誰かが
あなたを
呼んだり
認識したりする

それが
嬢であろうと
氏であろうと
君であろうと
ちゃんであろうと
あなたは あなただ

『〜らしさ』というのは
自分では なかなか認識しずらいもの
固定観念で観られる事で勝手に決め付けられるものでもある

でも
あなたが
あなたであろうという事が
あなたらしさを生むのだと思う

自分で
限界を決めないで
そこが
限界になってしまうから

妥協は必要
でも
諦めないで

あなたから あふれる
喜も
怒も
哀も
楽も
あなたで あるがゆえ

どれかに
どちらかに と
当て 嵌まらなくても

あなたが あなたに
当て嵌まるのなら

そこに 幸を見出だして

わたしは
この思いが
たとえ 無神経と言われたとしても

あなたが
あなたにとっての幸せであることを
祈っています

2008年11月11日

【ひなたぼっこ】

おひさまのひかり

まどきわから さしこむ

やわらかくて あたたかくて

ぬくぬく

きもちが よくて

うとうと

ねぼけながら

みゃー

と ないた



*********************
鳴いたのは、私(笑)
ひなたぼっこしてて、うとうとして、自分が『子猫になって、ひなたぼっこ』している夢を見てて、目が覚める瞬間に、寝ぼけて鳴いたのでした(^-^;

2008年11月10日

【月夜】

月の綺麗な夜

満月には 少し満たず

けれど その輝きは
神々しく
穏やかで
見る者に 無心を与える

冷えた空気と 静寂

この美しい月を愛でながら
このまま常しえの眠りにつけたら

逝く先は 月に近付けるのだろうか



*********************
冬の月は綺麗だにゃ〜、と。
今日の月は、月齢12か13あたり…かな?

月の輝きは、太陽の光を受けて輝いてるのは周知の事ですが、いつか、そっち目線で言葉を紡いでみたいものです。

2008年11月05日

【やれば出来るのだから】

私には出来ない

誰かが、何かを行っていて
他の誰かが、
その行いについて、
よく言うのを聞く

それは決して、自嘲ではなく

それは、出来ないのじゃなくて
やらない
怠慢

産まれたばかりの赤ん坊に、すぐに自分で餌を捕ってこい、とか
寿命がつき今まさに黄泉逝く者に、これから畑を耕してこい、とか
そういうのが、出来ない事であって、

気持ちが萎えて出来ないとか、
面倒だから出来ない、
のは、
出来ない、じゃなくて。
やらない。やりたくない。…と言うべきものだ。

出来る事なのに、
やらない、だけ。
単なる甘え。

はいつくばろうが、
血ヘドを吐こうが、
それは、
『出来ない』事ではない。

やりたくない、事を、
出来ない、と簡単に言う人は、
それを何とか頑張っている人に、
憐れんでいるだけ。

私には出来ない

気安く発する時、
それは、
頑張る人の尊さを、軽んじる言葉でしか無い。


*********************

そうやって、また自分を追い詰める。
逃げ道を、自ら絶つ。
無理を押す。

でも、出来ない、とは言いたくない。
まだ……
頑張れるはずだから。
この世との別れを、目の前に迎える、その時まで。

2008年10月31日

【無題】

私は、自分が嫌いだ

だけど、いざ何か起きた時には、
自分の身を守るだろう

結局は自分が大事なのだけれど、

そういう自分も嫌いで、

嫌いなのと、
我が身が大事
なのは、違うものなのだ

精神と
本能と

自分を愛せない人は、
相手を愛せない
という、一般論

自分を好きじゃない私が
もし
誰かを好きになっても、
本当の意味では愛していない
そういう解釈

ならば、逆に、
誰かを好きになって、
愛して、
そして、
自分も愛したい
本当の自分に目を背けずに

自分を好きになる足掛かりに、
誰かを好きになる
それは、相手への侮辱にはならないだろうか
自己愛を渇望するあまりに、
他人を愛する

ふと、
気付く
そうでは無いのだ、と

自分の愛し方を知らないから、
誰かを相手に、
愛し方を学ぶのだ

自分を好きじゃない私に、
足りないのは
愛し方の知識と、感覚

まずは自分を好きに
それは、未知の世界
だから、学ぶ
まず、誰かを好きになって

一方通行になる事も多い作業だけれど
経験が、知識になり
感覚か、身についていく

私は、自分が嫌いだ

けれど、本当は、
好きになりたい
好きな部分を見つけたい

それを見つける事は、容易では無いけれど

好きになろう
愛を注ごう

私が、私自身の存在を
許す為に。